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意識の高い公務員のブログ

政令市で働く地方公務員のブログ(出向は役所のみ)。自治体職員にも民間の経営感覚が必要とされています。

意識高い系公務員の増加

最近、意識高い系公務員が増えているように感じる。

「意識高い系」という言葉はゼロ年代後半くらいから、就活をする大学生を揶揄して使われ始めた言葉だ。口は達者だが中身が伴っていない大学生を指すらしい。特徴として、

・人脈アピール

・有名な場所行ったアピール

・要するに自己顕示欲が高い

等が挙げられる。

そして今、学生時代に「意識高い系」だった者が公務員になり、また、そういった公務員に影響されてか、「意識高い系公務員」が増えているように感じるのだ。これは非常に厄介だ。

 

<何が厄介なの?>

一言でいえば、周りに評価されている点である。

まず、公務員は基本的に意識が低い。勿論、地元出身で、地元のために働きたい「意識高い」公務員も一定数いるが、そうでない公務員がほとんどだ。

ここで、意識が低いというのは真面目に働いていないという意味ではない。真面目に働いてはいる。しかし決まったことを正確に遂行することに務めるだけで、現状打破や改革能力はほとんどないと言っていい。当然、自ら行動を起こすこともない。

確かに、例えば住民課や市民窓口課ならば、来庁者に対し、申請された書類を正確に渡すのが責務だ。他人の住民票を間違って渡してはならない。だから、ミスをせず、適切に書類を交付できていればとりあえず60点(大学の成績でいう可)は与えられる。しかしこれでは意識が低いと言わざるを得ない。

一方、意識高い系は70点ぐらいである。つまり、意識の低い公務員より点数が高い。が、それはあくまで上司からの評価だ。意識の低い公務員が多いため、意識高い系の行動をとると、上司の目には「お、こいつはやる気があるな。多少の失敗は許してやろう」と映る。

つまり、必ずしも良い行動をとっているわけでなくとも、成長の過渡期とみなされ、評価が高くなってしまうのだ。

 

<実体験>

私も意識高い系公務員(20代の男で、1年だけ民間で働いていたらしい)とともに仕事をしたことがある。あまり話はしたことがなかったが、廊下ですれ違う時に声くらいはかけていた。そして行動力があるのも知っていたので、勝手に高く評価していた。学生時代に様々な活動をしていたようだから、てっきり意識の高い人間だと思っていた。

が、実際にともに仕事をしてみるとそうでもなかった。

まず、自分で物事を決定できない。我を通そうとするのだが話が全く論理的でなく、困ったら人脈を使って多数決を取ろうとする。プラトンもビックリの衆愚政治だ。かつ、締め切りが迫ると「ヤバいんです~どうしましょう」等と言ってくる。ヤバいのは重々承知している。物事が決まらないのはキミのせいだと言いたいがグッとこらえる。

私はボトムアップの議論は重要と考えていたが、これを機にトップダウンを重視しようという気持ちが高くなったものだ。

このように、できる人間と見せかけて内実が伴っていない公務員を、私は意識高い系公務員と呼んでいる。

 

<意識高い系にならないために>

セミナーに行って写真を撮りSNSに上げる学生が多いのはよく知られているが、それは社会人でも同じことだ。同僚が「今日は○○セミナーに行ってきました」と、集合写真付きでSNSに上げているのを見ると頭が痛くなる。

無論、このような人間すべてが意識高い系というわけではない。特にセミナー主催者は意識高い系の人間を釣って収益を得るビジネスモデルを構築した「意識が高い」「有能な」人間である場合が多いだろう。参加者の中にも成果を発揮した人はいるだろう。が、私はこういうセミナーには行かないようにしている。判別方法として、

〇大学教授や官僚、あるいはそのOBが講師のセミナー

×NPOやどっかの自治体の有志が企画したセミナー

というのがある。後者の地雷率は高い。適当にブレストし、付箋に意見を書いてペタペタ貼り、人脈(?)を形成して集合写真を撮影、セミナー後はフェイスブックで繋がる。これで役満だ。若いころは行っていたが違和感があり、行かなくなった。

一方で前者のセミナーは写真を撮ったりブレストはしない。一般的に講義形式が多く、最後に質問時間が設けられることもある。参加者と議論ができないというデメリットはあるものの、基本的に意識高い系セミナーの議論というものは相手を批判せずに自由に意見を出して承認欲求を満たすだけなので、議論がしたいのなら知の拠点に位置づけられている施設等に行ったほうが良いだろう。あるいはセミナーよりも、読書会等で趣味の合う人を探したほうが議論できるかもしれない。

 

<最後に>

意識高い系学生は「他人を批判する」とよく言われる。しかし意識高い系公務員は相手を批判しない。先にも述べたように、ブレスト付箋ペタペタで自分の意見を言って互いに承認欲求を満たすことを目的としているため、批判が無いのだ。だから、「意識高い系=相手を批判する」という固定観念があると、意識高い系公務員を判別するのは難しい。本来、建設的な批判は必要なはずだ。否定されることを恐れていては何も生まれない。まぁ、公務員も承認欲求が高まるほど、生きづらい世の中になっているのかもしれない。